12月14日 「コナン、君の名は、ゴジラ」

 11月23日にアップランズ校をお迎えして、本年度最後の現地校との交流会が行われました。それぞれの学年、学部の児童生徒は本当によく頑張ってくれました。訪問しても迎えても、笑顔いっぱいの楽しい交流会はこれからもずっと続けていきたいと思います。先生方は休む暇もなく次から次へと行事の準備に取り組まれ本当に大変だったと思いますが、楽しそうに交流する子どもたちの笑顔で苦労は報われます。いろいろ言われることも多いけど、やっぱり教員になってよかったと思う一時です。
 さて、たくさんの現地校の子どもたちとお話しましたが、知っている日本語について聞いてみると、挨拶の言葉と同じくらい、アニメやゲームの名前が上がります、「コナン」、「君の名は」等など。さすがに日本のアニメはすごいなと思いながら聞いているとその中に「ゴジラ」がありました。発音を表記するとゴジラよりは「ガッズィラ」といったところですが、怪獣好きとしては何とも嬉しくなりました。
 昨年、2作目のハリウッド版ゴジラに加え「シン・ゴジラ」も公開されましたが、2作目のハリウッド版はなかなか良いできだったと思います。特にそのデザインが歴代ゴジラの中では最も爬虫類的で、私の大好きなキンゴジ(キングコング対ゴジラのデザインバージョンをこう呼びます)に近いのも好感が持てますし、何より人類史上ただ一人、オキシジェン・デストロイヤーでゴジラを倒したあの片目のクック船長のような芹沢大介博士(演じるは平田昭彦)が、渡辺謙演じる「イシロー・セリザワ」という名前で復活したこともファンにはたまりませんでした。初代ゴジラとともに逝った博士も、さぞかし東京湾の底でお喜びのことでしょう。
 さて、いい年こいて何がゴジラだとお思いの方もおられると思いますが、小学生の頃は寝ても覚めても怪獣三昧だった自分にとって、ゴジラはやはり特別な存在でした。当時の情報源と言えば「怪獣図鑑」か漫画雑誌のグラビアページぐらいしかありませんでしたので、数枚の写真だけというほんの一握りの情報を利用し、足りない部分は空想で補いながら、自分の怪獣図鑑を作って楽しむ毎日でした。
 私が初めて映画でゴジラを観たのは、小学校に入る前のTVでだったような気がします。白黒で姿がはっきりしない画面と伊福部昭のあの音楽にすっかりビビらされたのを覚えています。時代は流れ、水爆実験の悲劇と人類への警鐘だった大怪獣は、いつの間にか子どもの味方の愛玩路線に乗せられ、「シェー」をさせられたり、エリマキを付けられウルトラマンに倒されたりする哀れな存在になってしまいました。そいういう気の毒なゴジラを、東宝のスタッフがオリジナルに回帰させ、再び恐怖の存在として暴れさせるのは平成になってからのことです。そして無敵のゴジラも、ついにその最後を迎えます。
1995年12月公開の「ゴジラ対デストロイヤー」で、ゴジラは自らの体内原子炉(こんな恐ろしいものあったらやだな・・ってアトムも同じか)が暴走、メルトダウンにより溶けて消えて無くなります。今は無き水戸市の銀杏坂、東照宮脇の映画館、入館の照れ隠しに連れて行った小学生の息子の横で、私は大泣きをしてしまいました。あのゴジラが、自分にとって絶対な力の象徴であった、どんな敵にも完全には負けなかったあのゴジラが甲高い叫び声とともに消滅していく。そんなのありか・・と思った瞬間に、どわっと涙がこみ上げ止まらなくなってしまいました。不覚にも、怪獣映画で、しかも息子の横での大泣きですから、このあと息子は人に会うたびにこのことを話しまくり、長い間教え子との同窓会の笑い話のネタにされていました。
 今思えば、ゴジラ・ロスとでも言うのでしょうか、ショックで数日の間はやる気と意欲がなくなり、なんとなく不定愁訴のようなものに襲われていたのも事実です。
 ちなみに「ゴジラ」という名前は、ゴリラとクジラの合体であり、特徴のあるあの甲高い鳴き声は、東宝の音響スタッフが何度も上野の動物園に通って収録した、何種類もの動物の声を合成したものだそうです。(またまた暴走してしまいました 反省)
11月24日 「民族音楽鑑賞会 今年はインドでした」

 本校には「民族音楽鑑賞会」という行事があります。演奏家の方に直接学校に来て頂き、それぞれの国の音楽の生演奏を鑑賞するというものです。地域の特色を知るということで、マレーシア、中国、インドの三カ国の音楽を交互に鑑賞することにしており、今年はインドでした。
 インドと言えば ビヨヨ~ン ビヨ~ン ガンジャラガンジャラジャーイーンといった感じ(非常に個人的な感覚で語っております)の音や、リトルインディアに行くといつも聞こえている ナンチャラ ホニュニョ~ン という高い音程の女性の歌声や、映画のシーンでいきなりジャカジャカと始まる大勢での踊りという、非常に貧相なイメージしか持っていなかった私ですが、いざ始まってみると本当に驚きました。
 有名なシタールはカボチャ製、弦の多さにもびっくり、タブラという太鼓に至っては左手で皮の張り具合を調整しながら沢山の音階に対応できるまさにスーパードラム、たった二人の演奏家が奏でる音はちょっとしたアンサンブル並の豪華さでした。いや驚きましたインド音楽。日本の「上を向いて歩こう」からマレーシアの「ラササヤン」まで沢山の曲を演奏して頂きました。曲の間に入るインドの伝統舞踊も、衣装やその動きが本当にすばらしく、この年になって改めてインド文化のそして音楽のすごさに感動した次第です。まさに「音楽は地球の言葉」ですね。
 さらに驚いたのは、小学部の低学年の子たちが「ラササヤン」が始まると、誰からともなく自然に大きな声で一緒に歌い始めたこと。このときは明らかに演奏家の方も表情が違っていました。「やるね、PJSの子どもたち」といった感じの笑顔で、何とも楽しく不思議な一体感に体育館が包まれた瞬間でした。学校行事というと何だかお堅い感じがしますが、その場を本当に楽しい、和やかな場にしてくれたのはやっぱり子どもたちでした。手前みそではないですが、本校の子どもたちって本当にすごいです。
 最後に担当のはからいで、全員が楽器に触らせてもらいました。もとはカボチャとはいえ、プロの方たちの楽器ですからそんなことさせてもらえるのかと心配しましたが、音の出し方まで教えてくださいました。子どもたちの感想を読むと、この触る体験というものがとても印象的で心に残るものだったということがよくわかります。次回は未定ですが、興味のある方はぜひおいでください。音楽とお子様の様子と、一回で二つ楽しめるどこかのお菓子のような鑑賞会です。(←わかる方、同年代です)
11月8日 「再度の水害対応、お手伝いありがとうございました」

 再びの悪夢のような洪水被害でしたが、沢山の保護者の方々、領事館、日本人会をはじめとする関係機関の方々のご支援に感謝申し上げます。施設の消毒も完了し、火曜日から通常通りに授業を行っていられるのが今でも夢のようです。
 教室で床上80cm、管理棟で床上50cm冠水の被害でした。今回は復旧作業が月曜日の勤務日ということもあり、お父さん方の応援は少ないだろうという予想から、長期戦を覚悟しましたが、日本人会事務局の呼びかけで、同様に被災しているにも関わらず多くの企業から男性の方を派遣頂きました。本当に感謝いたしております。ありがとうございました。
 学校周りの倒木や、大きな街路樹が住宅の屋根を押しつぶしている光景を前に、本当に子どもたちや職員に怪我や事故の被害がなくて良かったと思いました。土曜日午後から対応にあたりましたが、前回のような通学バスのトラブルもなく早い内に臨時休校の措置がとれました。ジョージタウンでは亡くなった方もいることを知り、改めて大変な災害だったのだと思います。
 今回の水害対応では、改めて学校が本当に沢山の方々の誠意と思いやりで支えられていることを痛感いたしました。汗と水と泥にまみれながら休むことなく机を移動し、重い水の入ったバケツを何度も何度も運び、泥を掻き出し、水を吸った重いゴミを捨ててくださった保護者の皆様。学校のSOSに瞬時に対応してくださった総領事館、日本人会、学校運営委員会の皆様、ローカルの職員まで動員して頂いた企業の皆様、何かできることはないかと連絡をくださった国内外日本人学校、補習校の校長先生方。ガードのラビさん一家は体育館に避難しながらも、家族全員で棟内の備品や機材をできる限り高い場所に移す作業を一晩中寝ないで続けてくれました。こんなに多くの人たちに支えて頂くすばらしい学校の校長で本当によかった、皆様の誠意には子どもたちの教育できちんとお返ししなければならないと改めて思いました。
 プールやグランド、必要な備品、機材等、早急に整備補給をしなければならないものもたくさんありますが、おかげさまで子どもたちは今日も元気に登校してくれています。今週は各学年現地校との交流があり、一日中練習の大きな声やソーラン節が響いています。あっという間にこういった幸せな日々を取り戻して頂いたことに、職員一同感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
11月3日 「交通安全教室?」

 日本では当たり前の学校行事に「交通安全教室」があります。新入生や公道で自転車を乗るのを許可される学年の子どもたちを対象に、警察や安全協会の協力を得て行われるあれです。校庭に道路や横断歩道を描いて実際に渡り方や、道路の正しい歩き方を教わったり、スタントマンによる模擬事故を見せることで、交通安全の必要性を認識させるというものです。婦警さんによる腹話術の人形が人気だったりします。
 しかしながら、児童生徒の全員がバスや車で通学し、ほとんど一人では道路を歩くことのない本校ではこの教室が計画されることはありません。何より路上の交通ルールがあるのか無いのかわからない状況のところで「ルールを守らなければあぶないよ。」と言ってみたところで、車やバイクの方がルールを守らなければ意味がないと思います。交通安全は路上の車と人との間で守られる共通のルールがあってはじめて成り立つものだということがよくわかります。
 今でこそ随分慣れましたが、赴任したての頃はその混沌とした道路状況に唖然としました。方向指示器はまず出さず、センターラインをまたぎながらどっちに行きたいのか全く見当のつけられない車。並列駐車はあたり前、二車線にまたがる進路変更、それでもまだ車は信号を守るので良い方ですから。恐ろしいのはオートバイ、右左折する車のさらに内側をすり抜ける、前、後ろ、右、左、ほんの少しでも隙間があればグリングリンと蛇行して行く、しかも二人乗りや三人乗り、さらには鉄骨のキャリアにガスボンベ積んだまま。ある意味恐ろしく高度なテクニックに「わーすごいわ。」なんて感動していると、突然開けた前方から突進して来る。車線が違うって!!と思っていたら歩道を逆送!バイクは停まってはいけないという法律でもあるんですかと聞きたくなります。
 命いらないの?的なものすごいライディングを毎日見ながらの通勤ですが、ある日なぜ彼らは転倒しないのかが気になり始めました。かなりのスピードでのコーナリング、二人乗りの場合などは完全にリヤショックがボトムしているのがわかります。でも転んでいるところは見たことがない。バイク乗りとしては非常に気になるので、ほいほいとバイク屋さんに出かけてみました。新車がズラーの大きな店舗から土間なんだか整備場なんだかわからない店まで、ペナンには至る所に大小さまざまなバイク屋さんがあります。たいてい日曜日は休みの店が多いようです。こちらではオートバイやバイクではなく、モトバイと呼ぶのが普通のようですが、何軒かのバイク屋さんを訪ねながら、あることに気づきました。いつものように話しがちっとも学校の交通安全に関係のない方向に行っているので、怒られる前にこのあたりで止めておきます。
 どんなにくだらない結論でもどうしても聞きたいとおっしゃる方は、どうぞ遠慮無く校長室までおいでください。お待ちしております。
10月23日 「後期児童・生徒会の役員を任命しました」

 19日木曜日に中学部の後期生徒会及び委員会の役員を、本日小学部の児童会及び委員会の役員の皆さんの任命式を行いました。本校は児童・生徒会活動が非常に活発に行われており、役員へも多くの児童生徒が積極的に立候補します。少ない人数の学校ですが、誰もが皆、自分たちが学校の主役だという意識を持って生活しているところが本当にすばらしいと思います。どの活動をとっても、一人一人がきちんと一生懸命取り組むという意識が育っているのです。伝統というものは引き継がれるべきものですが、子どもたちの意識というものはただ放っておいてはいつの間にか薄らいでいきます。(大人だって同じですけど)それが普通なのだと思いますが、本校の先生方は非常に絶妙なタイミングで子どもたちの意識を覚醒させるような関わりをします。もちろん個人差はありますが、そのタイミングはかなり絶妙です。別な言い方をすれば、子どもたちをよく見ていてくれるということです。見ているから、関わらなければならない時がわかる。教員なんて偉そうなことを言っていますが、結局このタイミングをかぎ分ける能力と子どもの意識に入り込む手段をどれだけ持っているかですから。
 ある時期までは言うことをきかせるスキルも指導として大切ですが、いずれは自分で考え、創造し、選んだり決めたりすることができる人間を育てなければなりません。やらせるのではなく、やろうとする意識を育てる、後は目を離さず見守るだけ。文字にすればこれだけのことなんですけど。
 中学生や高校生への進路希望調査で、将来就きたい仕事のトップはいつも「人のために役立つ仕事」です。本当はそこにいてくれるだけで十分な存在なのに、誰かの役に立ちたい、自分以外の人のために何かをしたいという思いをあの小さな体の中に秘めながら毎日を頑張る子どもたちに、私たち大人も負けずに生きなければなりません。

10月16日
「パトラッシュ」

 前回の校長室の窓で「ネロとパトラッシュ」の意味が解らんというお話を頂きました。学校のホームページという公の場で、訳のわからない校長個人の思い込みを書いていることがそもそも良くないのではないか、子どものことを書くべきではないかという気もしますが、本校の担任は毎週学級通信を発行しており、保護者の皆様は学級の子どもたちの様子はよくご存知のことと思います。校長をしながら言うのもなんですが、自分は昔から長々と説教めいた訓示というのを聞くのが大嫌いで、たいていの話しは最後は子どものためではなく話している人の自己満足に終わっていて、長いだけで何だかよくわからない話を聞きながら、朝礼で友人がばたばた倒れていく中本当に早く終わってくれよといつも思っていたものでした。褒められた話はよく覚えているので結構ワガママな子どもだったのかもしれません。(ワガママを言わない子どもなんていませんけど)
 実は「ネロとパトラッシュ」という言葉は自分にとって完全にトラウマ化しており、その言葉を聞いただけで目頭がじわ~と熱くなってきます。これを書いているだけでももうだめです。フランダースの犬というお話はご存知でしょうが、この話は遠い昔TVアニメとして放送されていました。「ランランラーン、ランランラーン」というテーマ音楽が聞こえてくると、また悲しい想いをするのをわかっていても、ついいい年をしてTVの前に座ってしまうのでした。可愛そうなもの見たさとでもいうのでしょうか。貧しいながらも教会のルーベンスの絵を観たい、画家になりたいという夢と希望をもつネロ少年、その少年を助けながら、いつも重い荷車を引くパトラッシュ。ちなみに大きさはどうもピレネー犬くらいあるのですが、模様がセントバーナードぽいので雑種ではないかと思います(どうでもいいですけど)。何が悲しいかといえばこのパットラッシュ本当にネロの力になるのです、まるで実の親か兄弟のように。犬とはいえ、人の都合やワガママに付き合い、最後は一緒に死んでしまう。こんな可哀そうなことがあっていいのか、ネロには悪いがもう少しパトラッシュを大事にしろよと本当に思っていました。人のために利用され、一緒に迫害を受ける。悪いのは心の冷たい人たちだけれど、ネロはほどこしや親切を受けることもあったが、パトラッシュは死ぬまで犬だった。そんな不公平さがとても嫌だった思いがあり、今でもこの言葉の響きがトラウマとして残っているのだと思います。おそらく子どもたちのほとんどは、ネロよりパトラッシュに同情するのではないかと思うのですが。今度ゆっくりと聞いてみたいと思います。
 放送が終わってしばらくしてから、ある人に「できれば何も言わずに頑張ってくれたパトラッシュだけは助けてほしかった」という話をしたら「それじゃフランダースの犬」じゃないでしょと言われ、愕然としました。さらにベルギー出身だという青年にこの話をしてみたところ、「ベルギーにはそのような民話はなく、原作は確かイギリス人による小説でほとんどの人は知らないだろう、日本に来てから何度も同じ質問をされるので驚いている、アントワープには小説にちなんで石碑があるらしいが見たことはない。」という衝撃的な言葉を頂きました。何とも日本人にぴったりなお話だなと思ってはいたけれど、そうだったんですね。もっとも有名な渋谷のハチ公も、毎日夕方の駅にやって来たのは、勤め帰りに一杯やってるオジサマたちからの焼き鳥目当てだったという人もいるくらいですから。そう考えると少しは泣かずにすみそうです。

10月4日
「ペスタ ブンガラヤ無事終了しました。」

 本校の伝統行事であるペスタ ブンガラヤ(ハイビスカス フェスティバル)が、おかげさまで無事終了いたしました。ご支援いただきました来賓の皆様、保護者の皆様に心から感謝申し上げます。
 教師と子どもたちが一つになった、すばらしい発表会でした。日本ではめっきり見られなくなりましたが、脚本、配役の話し合い、衣装、小道具づくり等々本当にたくさんのことを、毎日毎日授業を進めながら行う訳ですから、担任や担当教師の気苦労ははかりしれません。けれども当日、子どもたちそれぞれの晴れやかな表情を見ると、そんなことはすべて忘れてしまう、それが先生というものなのでしょう。「自分のことより子どもたちの笑顔が大事・・」これがいつも正しいかどうかは別として、実はこういった先生方の思いや情熱が、日本の学校がブラック企業と呼ばれるほど劣悪な労働環境にありながら、世界に注目される教育の成果を支える大きな要因の一つとなっているのです。
 「じゃあ、校長は何をしとんのじゃ?」と聞かれそうですが、実際のところ目に見えるようなものは、あんまり無いのが実情です。先生方が体を壊さないようにとか、無理をさせないようにしようなどと思っても、学校は「ないよりはあった方が」、「やらないよりはした方が」の世界。元々無理を承知で終わりのない取り組みに向かう先生方に「それぐらいでいいんじゃないの」と声をかけるのが精一杯、悪くすると逆に叱られれますから。
 子どもたちの凛とした姿と先生たちの安心した表情を見ていると、何度も目頭が熱くなり繰り返し胸にこみ上げて来るものがありました。まるでネロ少年とパトラッシュに教会の前で出会ってしまった時のようです。本当に人を感動させるものって、やっぱり人なんだと思った時間でした。
9月19日 「ありがとうございました」

 15日金曜日のペナン川の氾濫では、本校も全棟床上浸水という被害を受けました。夜から降り続いた雨がやまず、川の水位が上がり始めているということで、早朝から監視を続けましたが、満潮時刻の7時30分にはまだ敷地に水は流れ込んでいませんでした。、その後あっという間に水位が上がり、玄関前には濁流の川ができました。
 付近の道路は封鎖され、車は動けません。その中には本校のスクールバスもありました。登校した71名の児童生徒を体育館に集め、健康状態を確認しながら家に送り届ける方法を検討。職員室のある管理棟は停電、電話も使えず先生方は子どもの管理と水の進入を防ぐための作業に必死です。人手が足りずやらねばならないことばかり、時間との勝負でしたが残念ながら一階の教室全部の荷揚げはできませんでした。
 幸いお弁当を用意できていない子どもが少なかったので、水や食料は学校で備蓄していた非常用でまかなえました。トイレも体育館の高い位置のものが使えたのがありがたかったです。
 バスに乗ったままの子どもたちにも、教頭と男性職員が腰上まで水につかりながら水と食料を届けることができました。狭い車内で座ったままさぞかし疲れているだろうと心配していましたが、中学部や高学年の生徒が小さな子たちの面倒をよく見てくれいたようで、二人が着いた時には皆笑顔でお弁当を食べていたということでした。幸いバスが止まっていたところが土地の高いところであり、近くに使わせてもらえるトイレがあったことが幸いでした。
 2時半過ぎには水が引きはじめ、バスが予定通り迎えにこれたときにはとりあえず本当にほっとしましたが、各教室の泥だらけの床を見たときには、果たして月曜日までに復旧できるのか大変不安でした。翌日、父母会の呼びかけに本当にたくさんのお父さん、お母さん方が駆けつけてくださり、みるみるうちに教室をきれいにしてくださいました。土曜日ということでお母さん方ばかりでなく、たくさんのお父さん方にも来て頂き本当に心強かったです。技術室の作業台など、かなりの重さの物を泥で滑る中次々と運び出してくださる姿に頭が下がる思いでした。本当に感謝申し上げます。
 月曜日にいつものようにバスから降りる子どもたちを迎えながら、たくさんの方々の支援によりなんとか無事に学校を運営できる喜びをかみしめました。汗と水と泥にまみれながら休むことなく机を移動し、重い水の入ったバケツを何度も何度も運び、泥を掻き出し、水を吸った重いゴミを捨ててくださった保護者の皆様、本当にありがとうございました。皆様のご奉仕に心より感謝し、御礼申し上げます。
8月29日

「教育相談」

 2学期が始まり、子どもたちも職員も自分のペースを取り戻すことに一生懸命です。この時期には相談を受ける機会も多くなります。教育相談という言葉がありますが、学校には児童生徒,保護者,教員それぞれが抱える悩みや問題をお互いに相談するという機能があります。日本では行政が数々の相談窓口を設けており、色々なことを気軽に相談出来るようになっています。現在ではほとんどの教育委員会が、子ども専用や保護者向けの相談窓口を開設していますし、学校にはスクールカウンセラー等の心理の専門家が派遣されています。
 子どもの不満やイライラ、心のザワザワは出来れば一番近くの大人が受け止めてあげるのが理想ですが、親の立場やしつけという観点を優先すると何でもかんでも黙って聴けるものではありませんし、お父さんとお母さんの意見や考えが違うなんてことも結構多い。相談する方も聴く方もなかなか大変なことです。さらに、制度のある無しどころか、親自身が日本では考えずに済んでいた自分のいろいろなストレスを、自分で抱えながら生活しなければならない海外ではこれは本当に大変なことです。集団の規模が小さいほど、自分ではなく他人の価値観に振り回されやすくなるのが人間ですから。いつも心配してくれていると思っていた人が、実はストレスの元凶だったなんてことは案外よくある話しです。このややこしさが、動物と人間を分ける境目だと言ったのは、動物の集団行動を研究している友人でした。何となくわかる気がします。
 さて、有名なネットの検索ページに「知恵袋」というコーナーがあります。色々な課題や悩みに、ネット環境でつながっている全国全世界の人達が回答者となれるこの相談コーナーは、人の考え方や問題のとらえ方には本当に様々なスタイルがあり、特に回答者の人生経験や人格が回答のカギを大きく握っていることを教えてくれます。なるほどと感心するものもあれば、それはただの回答者の自己満足じゃないのと思うものまで多種多様です。そしてこの「知恵袋」の素晴らしいところは、相談者が数ある回答の中から、自分が最も納得できたというものを選んで公表するシステムがとられているところだと思います。人の悩みを興味の延長上であれこれ語るのは失礼ですが、相談者の主訴はなんだったのか、なぜその回答が相談者にとってベストなのかを知ることができるということは、子どもたちの相談をうける私たち教員にとっては、とても勉強になる場所であると思います。そんな「知恵袋」の中に、以前こんな相談がありました。
「 言いすぎでしょうか…。」
 中3の女子です。さっきお父さんに怒ってしまいました。理由は、お父さんの職場にあんまり仕事のできない人(Aさん)がいるらしいです。それでお父さんやお父さんの職場の人がAさんのいないときに愚痴ったり話しかけられてもそっけない態度にしたり。あとAさんは脳のガンになっていたことがあり少しの間仕事を休んでいたらしいんですが、その時に陰で「このまま来れなきゃいいねん。」という最低な事を職場の人が言ったりしているらしいです。お父さんも結構冷たい態度で接しているらしいです、もういじめにしか思えません。それにムカついて「ださいねんっ、いい歳こいたジジイらが何やっとんのじゃ!かげでネチネチ愚痴りやがって中学生か!うっといねんっ、そういうやつらが1番嫌われんねん、愚痴られる人の気持ちも考えろ!」っと言ってしまったのですが…。言い過ぎだと思いますか。口悪くてすいません…私はいじめられた事があるので、この話を聞いて凄くむかついてしまいました…。
 大人社会の醜さを自分の経験に照らし合わせ,絶対に許せないという気持の反面,父親に乱暴な口をきいてしまったという反省,大人ってそんなもんかという怒り,理解してもらえるのかという不安や戸惑い。沢山の心のザワザワを抱えた彼女に、どのような回答だったらベストなのでしょうか?