5月18日 「運動会練習真っ盛りです」

 毎年この時期になると、ほぼ小中一貫校と同じ本校の運営上のメリットがより実感されます。それが最も顕著なのは、先輩から後輩に伝えるもの、特に音楽クラブの太鼓の練習や、今まさに真っ盛りの運動会の練習です。
 運動会の5月、6月実施は大分前から定着していますが、最初は9月に体育祭として実施される中学校での熱中症対策が主な目的だったようです。確かに中学生くらいになれば、今の時期の体育祭はクラスづくりや人間関係の絆づくりに大きな役割を果たすものですし、初めて先輩方の色々な洗礼を受ける時期の新入生には、先輩方のある意味恐ろしいほどの健闘ぶりや、うれし涙、悔し涙を観ることは、これからやるべき事とやってはいけない事の基準のようなものを知るための、大事な経験のような気がします。
 しかし、小学生はそうは行きません。新入生などはランドセルを背負ったままでは未だにまっすぐ歩けなかったりするのに、号令の元、一糸乱れぬ集団行動をするなんてそりゃあもう大変な事です。それを指導する先生方などはもう神々の世界の人のよう、成長段階に合わせれば、運動会は9月開催だって大変な子もいるのが実際です。なんかグチャグチャなところが、新入生の新入生らしいところなのですが、案外世間の目は厳しくて、「一年生がもう少しきちんとできると良かった」とか「二年は一年より整列がへたくそだ」なんてありがたい感想を述べてくださる方も時々おられます。そういう方々は自分が子どもだった事を忘れてしまうのでしょうね、もしかしたら生まれてすぐ走ってたりして。この時期の低学年の指導の大変さは、同じ年齢のお子さんが家に数十人いることを想像して頂ければわかりやすいかもしれません。
 そこで本校の場合は、いや本当に先輩がよく頑張るんです。あれやこれや、それはもう大変な小さい子達の指導を汗だくになりながらやってくれるんです。しかも決して諦めずに丁寧に。「何度言ったらわかるの」とか「なんでできないの」なんて絶対に言いません。いつも大人かからそう言われる立場だから。そして本当にすごいのは、自分の役目は、教え方はこれで良いのかといつも反省している事です。本当に苦労しながら何かを知らない人に伝える、できない人に教えるという難しい経験をこれだけしていれば、立派な自己有用感が育つことでしょう。そして、苦労して皆で作り上げたものが沢山の人から賞賛される時、きっと彼らは今生きていることの手応えを実感するのだと思います。
 昨年の運動会の作文を読んでみると、多くの子ども達がきちんとお兄さん、お姉さん達への感謝の気持ちを綴っています。頼る子と頼られる子、一昔前の日本にはこういった関係で成り立った子ども社会がどこにでもありました。先輩に守られながら見よう見まねで遊びに参加し、怪我をしたり辛い思いをさせられたりしながらも集団生活の規律とルールを学び、いつの間にか交代で年下の面倒を見る先輩になって行ったのです。
5月7日 「新年度が始まりました」
 
 新年度が始まり、約二週間が過ぎました。担任の先生方のものすごい勢いのスタートダッシュを見ながら、「りきみすぎるなよ~、自然体でいけよ~。」なんて心で思いながら、ふと現実をみると「校長、あんたの窓が一番遅れてるから!」なんて声が聞こえて来そうです。職員に「初心忘るるべからず」なんてえらそうに語った割には、すっかり忘れている自分をしっかり反省しなければなりません。なんて言いながら「だから教員は口だけなんだ」と言われぬよう、せめて年度の初めくらいはしっかりと気を引き締めましょう。
 本校に勤務していると、つくづく管理職はいいなあと思います。いつもお話している事ですが、こんな小さな学校でこれほど優秀な教員ばかりを配置できることは、日本ではまず考えられません。こういった言い方は失礼かも知れませんが、どの社会でも同じように、自分を含め教員の全てが本当に優秀なわけではありません。それぞれに得手不得手もあり、人間ですからうまくできない事もたくさんあります。そういう部分をお互いに補い合って、補充し合って学校は運営されます。そこら辺のコントロールが管理職の腕の見せ所なのですが、本校はそんな心配がほとんどない、恐ろしくレベルの高い先生方の集まった学校なのです。色々なところでお褒めの言葉を頂きますが、本当はそういう先生方が褒められるところなのに、学校の代表としていつも校長が褒められているという、何とも嬉しいスパイラルができあがっているんですね。つくづく管理職っていいなあと思います。
 しかしこのスパイラル、管理職が自意識過剰だったり、自分を客観的に見ることができなかったりすると大変な方向に大きく渦を広げ、あたかも自分のおかげで、自分の手柄で学校がすばらしく運営されていると勘違いを起こします。その結果、子どもや、保護者や、職員の思いが見えなくなり、ある意味学校の私物化が始まるわけです。最悪の場合は世間知らずだったり、経験不足で視野の狭い教員までが、その勘違いの渦に巻き込まれてしまい、学校がグチャグチャになってしまったことを、何度か実際にこの目で見てきました。こうなると犠牲は子どもたちに始まりどんどん広がる一方です。そう思うと、やっぱり管理職って責任重大な職務です。
 熱心に教材研究や学級通信の作成に取り組む先生方の隣で、校長が「今年の裏庭のランプータンは大豊作だぞ。」とか「フェンスの向こうにはなんとジャックフルーツの木があった、収穫はいつしたら良いんだろう。」なんて騒いでいられる幸せに感謝すること。そして、スタッフの皆さんの努力こそがこんなつまらない事でも、笑って楽しむ余裕を与えてくれていることに感謝すること。このことを今年一年間ずっと忘れずにいたいと思います。