11月21日 紅白帽

 本校の小学部では、体力増進のために週に二回の体育朝会を行っています。内容は様々で、児童全員で鬼ごっこをしたり、ドッジボールをしたり、縄跳びをしたり、ただひたすら走ったり、委員会の児童が中心になって楽しく運動しています。自分が小学生の頃にも同じような集会がありましたが、運動音痴の自分にはそれは苦しく、同級生から足の遅さをからかわれる恐ろしい時間でした。日頃から思い切り体を動かす機会や場所が限られている本校の子ども達には、とても楽しい時間のようです。
 体育の集会なので、ここには授業で使う紅白帽を着用しなければ参加できない約束になっています。いかにも日本の学校といった決まりですが、「気温もまだ上がらず陽も照っていない時間帯の活動なんだから帽子なんかかぶらなくとも良いだろうよ」という考えもあり、どちらも正しいのでしょうが、さて子ども達はどういう考えでいるのでしょうか。
 紅白帽を忘れて校長室の前で座って見学をしている子がいる時に、いろいろ考えていることもあるだろうと思って、隣に座って聞いてみました。いやこれが本当に面白い。まず学校の決まりに異議をとなえる子はゼロ。まあ、あれだけ決まりを守ることを指導されていれば、この年齢では当たりまえですね。紅白帽子の必要性をちゃんと理解して被っている子はそうはいないでしょうし、必要性が本当に分かっていたらそう簡単には忘れない。忘れた理由にはそれぞれの言い分があって、でも忘れたのは自分の責任だからと本当にいじらしくなるほど忘れた自分を責める。理由も沢山あって、洗ってもらったままだったとか、持って来ようとしてソファーに置いたまま忘れて来た、そもそも体育朝会を忘れていた、云々。自分にも同じような体験があるので、思わず笑ってしまうのですが、楽しそうに活動する友人を横目で見ながら、笑い事ではないと悲しそうな表情をするところがまたいじらしい。
 「時間割を前日にきちんと確認して、必要な物をそろえて寝なさい」というのが指導の王道でしょうが、やろうとしても失敗したり、そうできても持ってくる事を忘れることだってある。「今の気持ちを忘れないようにしたいね」と返した後に、「どうすればそうならずに済んだかを一緒に考えてみようよ」と言うと、立派な対応策が本人の口から必ず出てきます。子どもは子どもなりに考えているのですね。大人とは早さが少し違うだけ、価値観が少し追いついていないだけなのだと思います。こんな決まりなくしても良いかと思っていたけれど、我々人間は失敗からしか学べないと言い切る人もいるくらいなので、これはこれで学びの良い機会になるのかも知れないと思うようになりました。子どもと関わることで学ぶことは本当に多いです。
 なーんて評論家ぶった事を言っていて、何度かまた忘れてきた子を「このヤロー」と思ってしまう自分、「だからお前はいつまでも二流なんだ」という上司の言葉が思い出されます。
11月8日 校長 VS  スピルバーグ

 校長は映画好きだということを誰かから聞いたらしい児童が「今までで一番面白かった映画は何か」と聞いてきました。これ一番困る質問ですよね。フェリーニの「道」と答えたいところですが、食べ物と同じでその時の精神状態やら気分やら困り事等で、感動を受ける対象って違いますから、一番がない。そのことを説明すると、では「一番好きな監督は」と来ました。でも大抵フェリー二だのトリュフォーだの小津安二郎だのと言ったって、どの子も知りませんからますます困ります。そこでスティーブンスピルバーグと答えると、「誰それ」。やっぱりねと思いながらスターウォーズを撮った人だよと言ってみたら、「ああ、知ってる、知ってる」と笑ってくれました。どうやら監督うんぬんより、大人びた質問に答えてもらえた事が嬉しかったようです。
 さてスピルバーグ監督と言えば、我らが黒沢の次くらいに徹底したリアリズムをその作品の中で追求する人であることは有名ですが、私は長い間彼の作品に対して二つだけイチャモンをつけ続けてきました。それは・・・
○ イチャモンその1
 スピルバーグはP-51が好きである。しかもD型。よくご存じない方のために説明しますと、第二次大戦末期のアメリカの戦闘機で、液冷エンジンを搭載した高性能機です。特にD型は艦載機ではありませんが、あっという間に作っちまったサイパンやグアムの飛行場からB29の護衛機としてラグビーボールのお化けみたいな増漕付けて本土までブンブン飛んできては、やりたい放題をやってくれたタイプです。「永遠のゼロ」で弾切れのゼロを追っかけ回したあの飛行機ですよ、あれ。絶対的優位性と有り余る資源にものを言わせ、全身ジュラルミンで覆われた機体は、敵を惑わすこざかしい迷彩塗装などされず、銀色の機体は光を反射してさぞかし目立ったことでしょう。ちなみに、キラキラよく輝るので日本軍からは「メザシ」と呼ばれていました。スピルバーグは「太陽の帝国」で、このP51を、ジム少年の前を低空飛行させ、彼に叫ばせます「飛行機のロールスロイスだ!」で、突っ込みたいのはここではなくて、プライベートライアンのクライマックス!トム・ハンクス演ずるジョン・ミラー大尉は被弾し、ドイツ軍のティーガー1型(ソ連製T-34の改造が泣かせる)に向かって拳銃を撃ち続けます、観客がもうダメかと思った瞬間、いきなり建物の背後から対戦車用の空対地ロケット弾を発射しながら現れるのが例のお気に入りP51Dです。所属識別マークや記号が見えないので、どこの部隊だなんて突っ込みませんが、対戦車攻撃のあの角度と高度は絶対におかしい。あの角度と高さでは建物が壁になって攻撃は不可能、しかも翼下にロケットランチャーが装備されていない空戦仕様機ではないか(何度もDVD止めて確認したんだからな)。通常爆撃だったとでも言うつもりかスピルバーグ!!味方のいる地域に通常爆撃はありえませんし、いくらライアン二等兵が大事でも、あのノルマンディー時にピンポイントの対戦車攻撃は疑問。絶対変だぞスピルバーグ!
○ イチャモンその2
 「ジュラシックパーク3」の、スピノサウルスはあれでいいいの?恐竜の解釈間違っていません?
 スピノサウルスは後にTVドラマのテラノバにも出演していますが、水辺にすむ肉食恐竜でT-Rexよりでかくて凶暴だという設定になっているけれど、化石をみる限りそうは思えない。細長い口は陸上動物の補食よりは水の抵抗が少なく魚の捕食に向いていると思うし、ワニで言えばアリゲーターやクロコダイル種ではなく、ガビアル種に近いように思える。体が巨大化できたのは、水中で浮力の恩恵をうけて生活していたからではないか、さらに極めつけはあのでっかい背びれ。まるでディメトロドンのような背びれが、地上生活に向いているとは思えない。体は水の中に沈め、背びれは水の外に出して体温調節に使っていたのではないかと考えられる。だいたいあの頭の骨をみれば、水中から鼻と目を出して暮らすワニと全く同じ構造をしているではないか。あんな風に二足歩行で、スター誕生(古い)的に暴れさせていいのか?絶対変だぞスピルバーグ!
 そしたらやってくれました、例の科学雑誌サイエンスにシカゴ大学の研究チームが2014年9月11日付けで発表!!「スピノサウルスは水中生活で魚捕食者の可能性大」小野校長のイチャモンが勝利!!勉強しろよスピルバーグ!(両方とも観ていない方は何のこっちゃ状態ですよね。)
11月8日 昔の自分 VS 今の自分

 ペスタでは懐かしい映画の思い出に浸らせてもらいましたが、ずいぶん前に、映画評論家の淀川長治さんがTVで、「同じ人が観ても、映画の評価はその人の年齢ごとに違ってくる。」というような意味のことを言っていたのを覚えています。確か高校生くらいの時だったと思いますが、自称アルツ・ハーフ・ハイマーの自分にはそれがどんな番組だったのかは全く思い出せません。多分「日曜洋画劇場」だったと思いますが、「評論家」という人種が大嫌いな自分でも、淀川さんのあの独特の話し方と醸し出す世界は本当に好きでした。当時、かのチャップリンに唯一インタビューした人だったり、同性愛者だったらしく「男しか出ない映画が真の名作だ。」と言ったり、「太陽がいっぱい」では、「アランドロンと殺される青年の関係が理解出来なければこの映画のすばらしさは半減する。」などと言ったり、「ターミネーター」のサイバーダインT-800の出現シーンで、裸のシュワちゃん(彼が使い始めた言葉だそうです)のお尻ばかりをほめたりして、なかなか見た目よりディープな人間だったようです。
 さて、こんな一見変なおじさんの彼にも、なかなか泣けるエピソードがあります。それは、彼がまだ若かった頃、講演会会場の出口でファン達と握手を交わしていると、列の最後尾に居た一人の少年が左手を差し出してきました。西洋では、左手で握手を求めることは決闘の申し込みを意味するとされています。腹を立てた彼は、少年を罵倒し車に乗り込みました。車を発進させた直後、少年には右腕が無いことに気づいた彼は大慌てで車から飛び降りて少年のもとに駆け寄りました。彼は泣きながら自分の非礼を詫び、驚いた少年もその場で泣きだします。少年は、不慮の事故で右手を失ったことと、講演が聴けなかったので、せめて握手だけでもしたいと思い、彼と握手がしやすいよう、列の最後尾にいたことを語りました。彼は次の予定をキャンセルして、その少年と長い時間語らいを続けました。この日、事情を確かめようともせずに障がいのある少年を罵倒してしまった自分の不甲斐なさを、彼は晩年まで後悔し続けていたそうです。映画並みの脚色がぷんぷん臭う話しですが、なんとなくそういう人なんだろうなとうなずくのは私だけではないでしょう。
 だいぶ話は飛びましたが(飛びすぎでしょ)、作品を観る年齢によって映画の評価は変わるという話ですが、そりゃあその人の思考形態や知識や人生経験の差で評価が違ってくるのはあたりまえだろうと思ってはいても、なかなか幼い頃とか若い頃観た映画を改めて見直して、当時の感動との違いを分析してみるなんていう機会はそうはないし、第一アルツ・ハーフ・ハイマー状態では当時の感激すら思い出せないのが現状だというところです。
 ところが、少し前に立て続けにそういうことを実体験する事がありました。しかも3本も。ことの始まりは奥様が「観たことないので観たい。」と仰せられ、レンタル屋からDVDを借りてきたことでした。以前「観たことがないのでは話にならん。」と友人の前で私から一笑に付されたのがお気に触ったらしく、旧作5本で1000円とかのサービスで話題の「砂の器」「道」「アラビアのロレンス」「殺しのドレス」「ライアンの娘」を借りてきたわけです。いつもの通り、全部を観られるはずもなく、毎晩途中で口を開けて寝ているご本人様を横目に「そうか、そういうことだったのか・・・。」と何度もつぶやいた小野校長でした。
10月10日 「ペスタ終了 Just as long as you stand, stand by me」

 今年も素晴らしいステージの連続でした。感動と感激で何度も目頭を熱くしながら、日頃の学校生活とは全く違う姿を見せてくれる子ども達のすごさと、先生方の熱い想い。小さな体を精一杯使いながら、緊張と注目を浴びる快感を楽しむ子ども達を見ながら、こういった場にいられる自分の幸せをかみしめました。教員生活最後のペスタブンガラヤ、子ども達と先生方、そしてそれを応援してくださる保護者の皆様にただただ感謝です。教員になって本当に良かったなと思います。
 今年は、昔好きだった懐かしい歌を何度も聞くことができました。ジュリー・アンドリュースのOver the Rainbow、そしてあのStand by Me。虹の向こうには必ず幸せがあるという、バラ色の未来を予感させる古き良き時代と呼ばれるあの時代のアメリカ。映画の挿入歌として使われ、それぞれに傷つきながらも思春期の友情で支え合う少年達の想いを象徴する歌詞。Darlinは性別にかかわらずに使える言葉だと確信したのもあの映画でした。今は無きリバー・フェニックスのあの大人を見透かしたような純粋だけれどどこか陰がある瞳、遠く未来まで続くような線路、冒険の旅を終えてそれぞれの日常、家庭に一人ずつ戻っていくエンディング。誰もが経験するあの何とも言えない多感な時期を描いた記憶にのこる作品です。日本の「少年時代」は、戦争の暗い影がなんとも重い作品でしたが、Stand by Me は、いかにもアメリカという景色と家族の関係が印象的でした。
 できの良い兄を溺愛する親、それに対する弟のコンプレックスが日本人の私には分かりづらいのですが、ジェームス・ディーンの「エデンの東」に代表されるように、かの国では文学のテーマとして語られることが多いのも事実です。エリア・カザンにスティーブン・キング。詳しくは分かりませんが、案外原作者自身の中にある課題なのではないかと思ったりもします。
 I love you. を言葉で伝えられなければ、愛を感じとれない人達。私たち日本人が、この I love you. をいつも言葉で伝え続けたら、子ども達はどんな大人に成長するのでしょうか。「愛してるよ」はちょっと照れくさ過ぎますから、「大好きだよ」が良いんじゃないかと思います。
10月5日 「ペスタ○か×か」

 昨日、児童生徒向けのペスタが行われました。本番の予行演習的な意味合いもあるのですが、初めて練習で多くの観衆の注目を浴びる日でもあります。出番を待つ子ども達の緊張はそれはすごいものがありましたが、同時に物怖じしないというか、自信に溢れているというか、自分達の頃とは全然違うなあと思うような子達も沢山います。今でこそ仕事上の必要性から、人前でなんとか話すことはできますが、子どもの頃は人の前で何かを発表するなんて、自分にはとんでもなく恐ろしいことでした。緊張し、真っ赤になり、アタマが真っ白になって、どうしようも無くなり、そのまま退場なんて言うことを繰り返していましたから。ですから、舞台で輝く子ども達の姿を見ると、本当にすごいと感動します。日曜日にはそれぞれのドラマをしっかり演じきってほしいと思います。
 実はペスタについては、昨年からずっと考えていたことがありました。素晴らしい伝統なのですが、ものすごい時間とエネルギーを必要とします。現在の日本ではほとんど無くなったこの形態のいわゆる学芸会は、教育的観点からして本当に継続すべき価値や意味があるものなのか、もしくは意味のあるものとしての継続は可能なのか、それとも、次から次へと繰り返される教育改革の波に乗り遅れないよう、より先進的な取り組み等にその時間を充てるべきではないのか、という事です。
 何人かの方々との雑談のついでに、「ペスタなくしてみたらどうでしょうかね。」と軽くジャブを入れてみると、ほとんどの人が「そんなこと言ったら、保護者の人達が暴動をおこすよ。」と強烈なストレートを返して来ました。そうだろうなあと思いながら、思い出したのは母の思い出話しでした。私が小学生の低学年の頃の学芸会での事だそうです。苦労して衣装を縫い上げ、当日、次はいよいよ可愛い(?)息子の出番だという時に、家の舅と姑から自分達の大事な客が東京から来ているからすぐに帰って接待しろとの連絡が来たそうです。母親は泣きながら学校を後にしました。時代とは言え、今では考えられないことですが、その時の母の気持ちも辛かったろうと思います。「晴れ舞台」という言葉がありますが、子ども達にとってもそれぞれの保護者の方々にとっても、まさにペスタはその日なのですよね。
 認められる場としての「晴れ舞台」は、小さいけれど毎日の生活や授業の中にちりばめられていますが、ペスタのそれは華やかさと観衆の数が圧倒的に違うスーパー晴れ舞台といえるものです。そういった意味では時間とエネルギーをかける意味のあるものなのだと言えるのかも知れません。
 子ども達には、「ペスタをなくすなんて校長先生バカなんじゃないの」と言われそうで、怖くてまだ聞けずにいるのですが、そんな中、生徒会長のI君が、始業式の挨拶で自分たちがペスタを行う意義を弁舌爽やかに語ってくれました。わかりやすく、見事なお話だったのでペスタ当日に紹介させて頂きます。
10月1日 「どうでもいいんだけど」

 夏休みが終わり、東アジア校長会やらペスタの準備に追われて(追われているのは他の先生方だけでしょうの声あり)いるうちに9月が終わってしまいました。「簡単なことでも毎日続けられる事に1年間挑戦してみよう」「継続は力なり、ウサギも結局はカメにまけたのだ」みーんな自分が子ども達に話したことです。だから先生は嫌いだよという声が聞こえてきそうで、まずは反省。子どもに恥ずかしくない生活をしなければ、と思いますがこれもなんだか口だけみたいに聞こえてしまいそうで空しい気がします。
 さて今回は夏休み中に体験し、自分なりに考えたり、疑問に思ったことついて書いてみたいと思います。御察しのとおり子ども達の事は全く出てきませんので、悪しからず。
○ネットによる情報が多すぎて旅行が楽しくなくなった気がする。
 出発前から詳細な情報が得られ、行く前から何が不味くて、何がうまくて、失敗しないためにはどうすれば良いのかまで分かってしまう。情報による期待ばかりが大きくなって、行って見ると案外がっかりする事が多い。たまたま偶然に入った店が当たりだったとか、人に教えてもらった場所が最高だったなんていう感動がなくなった、代わりに失敗や間違いのない時間を過ごすことができる。道に迷うことなどなくなったが、いわゆる五感が働かなくなった。自分にとってはこれまでのような魅力的な旅は少なくなった気がする。
○ペナンの屋台の麺やビーフンは大抵オーバーボイルだが、みんな柔らかい麺が 好きなのか。 
 ワンタンミーを除いてまずほとんどがオーバーボイル。作るのに時間をかけないという点では間違いなく、湯がくだけの今の屋台方式は正解。たぶん麺に対する感覚と、すするということをあまりしない食べ方にあるのだろうと思う。まず麺に対しては、こちらの人には我々日本人が持つうどんやそば等に対する「こし」や「のど越し」という感覚は全くなさそうで、スープをかけて食べる炭水化物として扱われているような気がする。たまたまおじやのご飯が麺なのだという感じ。そこにすするという食べ方がないので、レンゲに載せてスープと一緒にもぐもぐと食べる、まさに食べるのだ。自分はラーメン風に食べたいので、ホッケンミーやカリーミーを食べるときは、イエローミーだけを指定し、湯がかずにそのままスープをかけてもらっている。熱湯で湯がかないのは衛生的には×であろうが、それを言い出したら屋台そのものが×だろう。それより問題なのは、屋台の叔父ちゃん叔母ちゃん(叔母ちゃんのほうが圧倒的に多い気がする)に、「なんだこのデブ、いちいちめんどくせーな」と嫌な顔をされることである。プラウティクス市場脇のホッケンミーのおばちゃんは顔を見ただけでイエローのビッグを湯がかずに出してくれるけど、ジャイアントの裏のスーパー○ッ○ン○ーは未だに「あー」と言っただけで睨まれる。
 こんな疑問を抱いているのは私だけではないはずである。今度是非、ガーニーの一風堂でローカルの人に替え玉で「バリ硬」を食べさせてみたい。